ウサチャ
ウサチャ(ウサピンの大親友)・・・初めはウサピンと同様、体はピンク色であったが、長い間、土の穴で遊んでばかりいたので、体が茶色になってしまった。そして、耳も体もちょっと小さくなってしまった。性格は明るく、穴掘りの名人である。
雪だるま王国立 キャラクター大学 遊戯穴掘工学科卒業。
スノパパ教授の教え子である。
■「これから、時々出て来るね!!よろしくネピョン。」

みなさんは、あの大地震があった日何処にいましたか?そして、被害はありましたか?
それぞれの思い体験があると思います。
(3月11日14時46分頃に三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生しました。
この地震により宮城県栗原市で震度7、宮城県、福島県、茨城県、栃木県で震度6強など広い範囲で強い揺れを観測しました。また、太平洋沿岸を中心に高い津波を観測し、特に東北地方から関東地方の太平洋沿岸では大きな被害がありました。気象庁はこの地震を「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名しました。)
( 注 ) : 私、小我 安目衛は、津波を入れて「東北津波大地震」と命名。

私は、東京にいましたので震度5強でした。会社でユラユラしてきて、「 あ、地震だ!震度3位かな?・・・いや、もう少しおおきいな、じゃあ震度4位かな 」程度に初めは思って、すぐにおさまると思っていました
東京にいる人は、始めはみんなそう思っていたと思います。
ところがその後も続き・・・グラグラグラ~の震度5強、あせりました。会社は築50年位の古い木造家屋でその2階に居て「 やばい、も・し・か・し・たら壊れる!!? 」 とも思いました。巾1.2m2段の大きなスチール棚がズレ落ち、その上にあった22インチのテレビ(高さ1.5m)が机に落ち床に転がりました。その際、机のガラスが粉々になりました。こんな感じで、何せ初めての経験ですから焦る訳です。
しかし、事なきを得て無事でした「 ほっと一息・・・。 」 です。しばらくは呆然としていました。
みなさんは、どうでしたか?
自宅は比較的近く、なんとか10KMを2時間歩いて、帰宅難民にならず家に帰れました。
しかし、今回は予感めいたものがありました。3月9日テレビ放送で宮城沖マグニチュード7.2を見た時、これで収まればいいがと漠然と思っていました。残念ながら悪い予感が当たってしまい、「えらい事が起きてしまった。」と思いました。しかし、ここまでとは・・・。
帰ってから、テレビをみると唖然としました。「こりゃあ~、阪神大震災以上に被害が出てしまうぞ!!」と、直感的に思いました。
その後、計画停電で通勤電車は大変流通の遅れ・買占めでスーパーやコンビニで毎朝食べているパンが買えず4日間ほど朝食が抜きでした。スポーツ飲料も買えず水を飲んでいました。ちょっと、まいりました。でも、被災者の事を考えたら、何でもないですね、自覚。

☆今は、一刻も早く被災者への援助・行方不明者の安否確認・復興への道が始まる事を祈るだけです。
あと一つありました、
原発の不安を早く解決して欲しいです。
最終段階まで行ってしまったら、東京も危ないとなり必ずパニックが起きてしまいます。「 100年後、東京には誰も人がいない。 」なんて想像でもイヤですからね!!


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■ところで、みなさんも「 日本政府は何をしてるの?」と、いろいろ関心をお持ちだと思いますので、政府の動きを見守りましょう。( 東北地方太平洋沖地震への対応 )
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